博多華丸大吉・華丸(畢宿)大吉(軫宿)【業胎】の共依存によるダラダラ感。からの大出世。

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福岡市早良区出身。ボケ担当。
福岡県古賀市出身(生まれは兵庫県神戸市[1])。ツッコミ、ネタ作り担当。

 

 

 福岡で1989年にデビューしてからスグに地元福岡のテレビ番組でレギュラーを持った二人は紆余曲折ありながらも約10年間を地元福岡で過ごします。東京進出は常に頭の片隅にありつつも、現状生活出来ることや、地元では人気者だった二人なので中々東京進出を果たしませんでした。そんな中でも一応2001年M-1に出場するなどはしていました。

 ですが、これという決定打がないまま地元でのらりくらりとしていた二人ですが、2004年に同じ九州出身の芸人ヒロシが熊本弁を武器に東京で売れたのをみた二人は遂に東京進出を決意します。

 更にその年にはコンビ名をそれまでの「鶴屋華丸亀屋大吉」から「博多華丸・大吉」へと改名します。この改名のキッカケには、よしもと福岡事務所職員の姓名判断占いに詳しい女性からのアドバイスがあったといいます。

2004年4月、屋号を博多に変更した現在の芸名へ改名する。改名のきっかけは、姓名判断に詳しい福岡事務所の女性パート職員が退職する際「『鶴屋』と『亀屋』は運気的に最低の名前」「『鶴屋』がほぼ0点に近い。『亀屋』は口に出せない(ほど最悪)」と判断され、「ずっと気になっていた。お願いだから改名して欲しい」と頼まれた事である。その女性職員から「いい名前がある」と勧められたのが、現在の『博多』の屋号である。またその女性職員から「屋号を博多に変えて2年以内に二人が東に向かうと運気が上がる」ともアドバイスされる[1]。なお、改名に際し同じ「博多」の屋号であった木村進(三代目博多淡海)にも報告し、改名を快く認めてもらったという。

博多華丸・大吉 – Wikipedia

 改名とヒロシに触発された二人は遂に東京進出をします。そして、その10年後の2014年にはTHA MANZAI  で優勝します。コンビ結成から25年目の快挙でした。 

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 過去記事でとりあげた同じ「業胎」のとろサーモンも大きな結果を手にするまでに、約15年かかりました。若手がホイホイと売れることに歯がゆい想いをしたこともある両コンビだと思われますが、それでも腐らず一緒に力をあわせてやってこれたのは、「業胎」の共依存がなせる仲なのではと思ったりしました。

 

 そう言えば「博多華丸大吉」も「とろサーモン」もこの4人が「業胎」のグループなのが不思議ですね。

 

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